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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

一般論を述べているように見えて結局マウンティングをしている

よく「一般論」で「〜べきだ」と言いつつ、結局自分の評価を高めるためのポジショントークに終始している人間がいます。

これに関しては、かなり頭の良い人間や優秀な人間でもはまってしまう罠です。

ホリエモンが典型ですが。

ホリエモンはさも「一般的な主張」かのように色々言ってますが、全て自分を上げるための事しか言いません。

「優秀だったら起業すればいい」
「男は顔じゃない」
「頭の良さとは結局学力だ」
「結婚はオワコンだ」
etc

「一般論」を述べていると見せかけて、単なる我田引水です。

私の経営者仲間で教養や学歴がない人間は、ことあるごとにこう言います。

「加藤君ねぇ、結局社会人の価値というのは年収なんだよ。どれだけ社会に貢献してるかはすべて年収に反映される。資格や学歴なんて関係ないんだよ。教養の読書なんてくだらない。本読んで、結局いくら稼げるわけ?」

なんか非常にもっともらしいですけどw、結局自分の弱みで勝負したくないから、自分が勝てる土俵に引きずり込もうとしてるだけです。

また、私の友人で、お世辞にもブサメンでスタイルが悪い人間がいますが、彼はいつもこう言います。

「男はやっぱりファッションやで。女の子もみんなファッションセンスをすごく気にしてる。ファッションセンスがある奴がモテるんや」

別に私は彼のことが嫌いではないので、あんまり本当のことは言えませんが、少なくとも「モテるか否か」なら顔と身長で9割方決まってると思うんですよね。笑

ファッションは試験で言うなら「加点ポイント」であって、ベースの点ではないというか。

「ファッションセンスあり」は「古文が得意」みたいな立ち位置です。(ちょっと分かりにくい例えかもしれませんが)

それから、世界大学ランキングの季節になると、必ず「世界では東大も大したことない」、「100位以内に入ってるのは東大と京大だけだ、日本の大学は終わっている」と思考停止した発言をする輩は毎年必ずいますが、田村耕太郎氏や秋山氏、細谷氏が典型ですけど、このような発言をする輩は「日本で東大に行けず、ハーバードやMITでMBAを取った人間」と絶対に相場は決まってます。

「自分を幸せにしてくれなかった日本や東大」に対するルサンチマンが「世界ではさぁ」基準を無意識に持ち出させるのです。

具体例が長くなりましたが、人間は結局一般論と見せかけて、無意識のマウンティングをするものです。

私も「男の価値というのは、読んでる本の量と牛や馬の所有数、と運動神経の良さとペニスのデカさとタワマンの階数で決まる」と無意識に「一般論」を述べていましたが、あら不思議。

全て私が有利になる基準でした。笑

無意識とは怖いものです。

マウンティングだと自覚すらしないで「痛い一般論」を述べる愚は避けたいものですね。

私はことごとく自覚して、恥ずかしいマウンティングをしないようにしています。(が、それもまた広義のマウンティングであるという)