読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「所得と学力について」

『学力の経済学』、『言ってはいけない』などで親の所得と学力について様々な論客が様々な意見を言っています。

よく一流大学の学生の親の所得が高いという事実を引き合いに出して、「いっぱい塾に行かせられるから金持ちの方が有利なんだ、不平等なんだ」と主張する論客もいます。

しかし、これは典型的な「相関関係と因果関係の混同」でしょう。

ちょっとソースは忘れましたけど、とある小学生の学力比較で、「富裕層の子供で勉強していない子供」は「低所得層の子供で勉強している子供」より成績が良いらしいですからね。

実は、塾に投資しているとかそんなこと以上に、富裕層の方が遺伝子レベルで優れてるということなんでしょう。

(『言ってはいけない』、「遺伝子の不都合な真実』にも似たようなことが書かれていましたが)

あまり言ってはいけない不都合な真実かもしれませんが、現代社会でお金を稼げてるという事は、基本的に頭がいいのです。(少なくとも「頭の良さ」を論理や暗記などの学力的な意味に限定するのであれば)

それが子供に遺伝してるから子供の学力が高いだけで、実は教育投資がそこまで重要という訳では無いのです。

(ただ、私は遺伝子レベルで同じポテンシャルであれば、質の高い教育を受けさせたほうが相対的に学力は伸びるとも思っていますけど。)

また、努力できるかどうかも全てではないにせよ、かなりの程度遺伝のようですね。

学力の問題というのは、現代社会を語る上で、非常に重要な問題です。

なぜならば、それがあるかないかが人生に非常に大きな影響を与えてしまうからです。

『遺伝子の不都合な真実』にも書いてありましたが、こういった遺伝レベルの不都合な話は、現代社会の制度をデザインしたりする上で非常に示唆的かもしれません。

なぜならば、近代社会が前提としている「人間は生まれながらにして平等で、努力次第で成功できる」という発想そのものが誤謬であることが明らかになってしまっているからです。

ここまで書いておいて、「だから具体的にこうするべきだ」という建設的な提案はないのですが、とりあえず、社会通念やみんなが信じているドグマの間違いを指摘するだけでもちょっとは意味があるでしょう。