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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

GDPとか経済成長率と若者の幸福について

「将来世代は莫大な負債を抱えるし、給料もジリ貧で不憫である」という意見を結構聞きますが、私はまったくそう思わないんですよね。

経済の話というのは、結局お金の話ですが、「お金ができることの幅」と「お金ではできないことの幅」は時代によって違います。

豊臣秀吉もカエサルもスマホを持っていませんでした。

しかし、今では誰もがほぼ無料でインターネットに接続できます。

もっと身近な例で言うと、バブルの時の大富豪も当たり前のようにスマホやパソコンなどありませんでしたし、Facebookもラインも当然ありません。

しかし、今の若者やもっと先の世代は、今よりも無料でできることの幅はさらに広がっていくでしょう。

インターネットをやっていると、「それ無料でいいの?」ということがたくさんあります。

考えてみると、「経済」や「お金」の問題というのは自然界の一部のごくごく一部の問題です。

例えば空気は(一応)タダです。

青い空を眺める行為も、月や星を眺める行為もタダです。

野生の動物を勝手に殺して食べるのは(原理的には)タダです。

しかし、飛行機を乗るにはお金がかかります。

食べ物を買うにはお金がかかります。

こんな感じで、自然界にはお金がかかる行為とお金がかからない行為がありますが、その境界線は時代や需供バランスよってかなり変わってきます。

ちょっと楽観的かもしれませんが、これからAIや新しい技術が出てきて、無料ないしはそれに近い価格で楽しめるものはどんどん増えていくでしょう。

そのように考えていくと、「経済」や「GDP」は人間の幸福度を測る「目安」でしかない、という当たり前のことに気づきます。

たしかに絶対的な貧困などもありますから、「お金なんてどうでもいい」なんて夢想的なことを言うつもりはないですが、これからの世代がGDPなどの経済指標で多少落ちぶれたとしても、それに比例して不幸になっていくと思いません。

なぜなら、20年後30年後には「今地球上の誰もできないけれども、その時の人間は誰もができる無料の娯楽や楽しみ」が無限に登場しているからです。
(まぁ、幸福度は身近な他者との比較で生まれる面もありますから、難しいとこでもありますが)

無料でできることが増えれば、お金がなくても別にできることは増えるわけですからね。

GDPとか気にしすぎても意味ないと思いますけど。