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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

カタカナ語の途方もない浅さと古典語のかっこよさ

このあいだ人と話してる時に、「人生はコスパだよ」と口走ってしまいましたが、「わぁ、なんて軽いことを言ってしまったんだ」と後悔してしまいました。

趣旨としては、「投入した努力に対して一番見返りが大きい選択肢を取るべきだ」と言いたかったのですが、カタカナ語にした瞬間に途方もなく浅い印象になってしまいます。

カタカナ語は気をつけないといけません。

基本的に一定以上の層から見ると、中途半端にカタカナ語を使っても「イタイ人」扱いされるだけです。

「エビデンスを示してくれ」
「シャビーだな」
「ドメスティックだから」

なんともいえなくダサイのです。

逆に私は古めかしい日本語使ってる人間にそこはかとない知性を感じるのです。

やんごとない
そこはかとない↑
奥ゆかしい
かたわら痛い
あまたある
道すがら

etc

日本人のDNAなのか理由は定かではありませんが、やはり古典的な表現というのは、何とも言えない気品が漂います。

逆に、繰り返しますが、カタカナ語に対しては、「途方もない浅さ」を感じてしまいます。

テレビやコピーレベル以外のカタカナ語は私は極力使わないようにしています。