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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

『普通の男』がいない!

東京カレンダーないしは藤沢和希的な記事を書き続けているカトハヤです、どうもおはようございます。笑

東京の女性がよく「普通の人でいいの」と言いますが、「普通の人」の正体というのは今だに私もわかりません。笑

しかし、「普通」という表現はなかなかクセモノですね。

「30歳・正社員・年収350万円」とかは「統計上普通」ですが、ある特定の層から見ると、「結構スペック低い」という印象になります。

偏差値50あたりの大学出身(日大あたり?)という学歴は大卒の「普通」でしょうが、ある特定の層から見ると、「すごく低い」印象になってしまいます。

普通に考えてみて、大学に行く人間が国民の半分で、そのさらに上位半分なわけですから、偏差値50というのは決して悪い数字ではないのですが、ある特定の部類の人間から見ると「とてつもなく低学歴」に見えます。

顔だってそうです。

電車に乗ってアトランダムに人間の顔をしげしげと見ればわかりますが、私を含めほとんどの人間は美男美女ではありません。笑

なのに、「ちょっとかわいい」くらいの女性でも、非常にかわいい女性を見慣れた一流企業の男性からしたら「普通」という評価になってしまいます。

「普通」とよく言いますが、実際は「明らかに対象外の人を除いた上」での「普通」ですから、実は全然普通では無いのです。

メンクイな人間だと、100人のうち70人くらいは「明らかに対象外」ですから、その残り30人の中の平均=15番目が「その人の普通」になるわけです。

顔面レベルが上位7パーセントにして初めて「普通」という評価なわけですから世の中世知辛いものです。

社会一般の基準から乖離が生じるわけです。

ブランド好きな港区女子から見ると、偏差値50の大学卒や年収300万は全然「普通」ではないのです。

彼女たちから見ると、偏差値60以上や年収600万円以上が最低基準ですから、彼女たちの「普通」は偏差値65位、すなわち早稲田慶応卒あたり、そして年収は800万円位が「普通」になります。

ええ、なめてます、港区女子のみなさん。笑

「普通でいい」とみなさん気軽に言いますが、全然「普通」ではないものを「普通」と言ってることの滑稽さを自覚した上でこういった発言をするべきですね。

少なくとも私はこういったカースト的な発言をするときは、「嫌な言い方を承知で言いますが、私のコミュニティではそれは低いと思いますけど、世の中一般の普通でしょうね」と留保をつけるようにしています。

自分の半径3メートル以内だけが人間ではありませんから。

「普通なんていない」という滑稽さについて。