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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

女の子にだけ月3万円の家賃補助

某名門国立大学で、来年あたりから「女子にだけ月3万円の家賃補助制度」を創設するらしいですね。

目的は、女子学生の割合を増やすためみたいです。

一般に国立上位大学では、圧倒的に女子の割合が少ないですね。

特に理系は壊滅的でしょう。

東工あたりは10%しか女子学生がいません。

なぜ国立上位大学でここまで女性が少ないのか?

女性がバカだからなのか?

そんな事はないでしょう。

この手の話は構造主義やポストモダンあたりともつながってくる話ですが、「一見公平」に見えても実は全然公平じゃないということが競争ではよくあります。

アインシュタインが昔使った寓話ですが、魚、猿、象を対象に「この木に1番早く登ったものを勝利者とする」という競争をしたとします。

スタートラインは同じ位置です。

しかし、結果は火を見るより明らかでしょう。

そもそもこの戦いは、猿が勝つように仕組まれた「一見公正な戦い」です。

実質的には出来レースです。

同様に、そもそも日本の国立上位大学は、数学ができると有利なようにできているので、男子学生の勝ち戦なのです。

受験科目を以下のようにしたら、それだけで男女比は限りなく五分五分に近づくでしょう。

英会話100点
小説の読解100点
古典100点
家庭科100点
歴史100点
公民100点
EQテスト100点

え?

こんなのおかしいって?

でも、英数国理社が重要って誰が決めたんですか?って話ですよね。

「英数国理社は大学で学問をする上で基礎になるから、重要なんですよ」という反論もあるでしょう。

しかし、その時点で大きなドグマに毒されています。

大学や現在の学問というのは、そもそも「西欧産」なんですよね。

政治学も経済学も自然科学も全て西欧で生まれました。

だからそもそも基準が「西欧人の男性」基準なわけです。

先ほどのアインシュタインの寓話を思い出してください。

「一見公平」なようで公平じゃないわけです。

最初からさっきのレースは「猿に有利」にできてるわけです。

それと同様に、そもそも今の国立上位大学は基準が男性寄りにできてるから、男性が勝つのは当たり前なんです。

だいぶ話が長くなりましたが、何を試験科目にして何を重視するかなどというのは、すぐれて価値判断の問題です。

江戸時代なら朱子学が、かつての科挙であれば、論語の暗記や漢詩(でしたっけ?)が試験科目なわけですよね。

一見公平なようで、基準が誰かに有利にできていれば、それは有利な人が勝ちますよね。(当たり前の話)

話を戻しますけど、今の国立大入試は基本的に女子学生に不利にできてますから、家賃補助をした位で本質的な問題解決にはならないでしょう。

法学部と文学部は数学の配点を減らすとか、そういったことをしない限り永遠に男女比率は変わりません。