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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

「上のステージからマウンティングする人間ほどで実はイケテない」

田村某氏のように、アメリカでちょっと成功した気になって「日本なんて」と言いたがる人間がいます。

日本国内でも関西人のくせにやたらと東京に憧れて東京に行き、やたらと標準語で「関西なんて遅れてるよ」なんて言いたがる人間もいます。

一段上の(つもりの)ステージから「まだそこで消耗してるの?」というマウンティングをしてくる輩は世の中に一定数いますが、実はそう言ってる人間の方が「負け惜しみ」だと私は思うのです。

日本でそれなりに評価されて居心地が良ければ、別に拠点は日本でいいわけです。

田村みたいにシンガポールに行く必要など全くありません。

岩瀬大輔も山口真由も、アメリカで学位をとっても最終的には日本に戻ってきています。

われわれは日本語が母語なわけですから、日本で居心地の良い場所があってそれなりに稼げるのにあえて外国に行く意味はないです。

仕事で外国に行けばいいわけで、拠点は日本でいいわけでしょう。

田村を始めとする「日本なんてワロス」と言ってる人間は、やはり「日本で陽の目を見なかった」人間なんですよね。

「自分を幸せにしてくれなかった日本」に対するルサンチマンがあるのでしょう。

しかし「偉そうなことはまずは日本で頂点を極めてから言ってくださいな」と私は思うわけです。

関西人でやたらと東京に行きたがる人間も、やはり関西のメインストリームにうまく乗れなかった人間がほとんどです。

自分が目立てて居心地が良いのに、あえて東京に行く必要はないでしょう。

関西時代にちょっとイケてなかったやつとたまたま六本木のクラブで出くわしましたけど、そいつのキョドり方がワロスでした。

「お願いだから昔のことはバラさないでくれ」と顔に書いてありましたね。

やはり、人間は居心地が良い場所を好むわけでそれはいいのですけど、「アメリカ最高、日本ワロス」、「東京最高、地元ワロス」のように価値を転倒させてマウンティングをするのはやめてほしいですね。

「地元の関西では全然陽の目を見なかったから、東京の方が楽しいよ」、「日本では全然陽の目を見なかったけど、ニューヨークは楽しいよ」と正直に認めないとね。