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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

先入観を取り払ってお金について考えてみる

半分先程の続きですが、「お金と幸福について」というのは、私がずっと考えてるテーマです。

まぁお金があるならあったほうがいいに決まってるのは大前提として、「すごく努力してまでお金が欲しいか」と考えてみると、正直かなり疑問です。

我々はお金がなくて何かができないと「お金があればできるのに」と欲求不満を感じます。

しかし、冷静に考えてみたら、われわれは自然界でできないことだらけです。

重力には逆らえない。
光の速度は越えられない。
海に酸素なしで30分たりも潜っていられない。
振り返らずに後を見ることはできない。(目が後にないから)

先入観を取り払って考えてみたとき、まずわれわれは自然環境に生きています。

我々は、太陽系の地球という場所にホモサピエンスという生物として生まれてきました。

この自然環境において、上に挙げたように「自然科学の法則に逆らう事」は一切できません。

その時点で実は人間のできる事はかなりの程度限られているのです。

ビルゲイツも光の速さは超えられません。

ビルゲイツも南北戦争の時代には戻れません。

ビルゲイツも普通の鳥ができるように空を飛ぶことすらできません。

ビルゲイツも太陽には行けません。

そう。

お金があっても自然法則には逆らえないのです。

しかしわれわれは通常、自然法則の限界ゆえにできないことを「不幸だ」とは感じません。

その一方で「お金があればできるけどお金がないからできない」ことには「不幸」を感じます。

不思議なものです。

「できない」という点では一緒なのに、「お金がないからできない」ことには強く不幸を感じてしまうからです。

ここでわかるのは、実は人間の幸福感というのは、「できるかできないか」ではなく、「できそうだけどできない」か否かという要素により決まるという点です。

重力に逆えないのは仕方ない。

しかし、お金があれば買えるであろうポルシェが手に入らないのは不幸なのです。

しかし、私は人とちょっと違った感性を持ってるので(それがいいか悪いかは別にして)、自然法則の限界ゆえにできないこととお金ができないからできないことにあまり区別を設けていません。

なので、「どうせ人生できないことだらけだ」とある種達観しています。

光の速さを超えて、タイムスリップしてみたい。

鳥のように空を飛んでみたい。

1000年間は生きてみたい。

私はこのようなことを常に願っていますが、それは私が今後どれだけお金持ちになっても叶わない願いです。

このように、自然界の摂理に基づいて考えてみると、人間がお金を使ってできることなど本当に小さいな、と私は感じてしまいます。