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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

ロボット社会で仕事が生きがいの人はヤバイ

「仕事が生きがい」とのたまう方はいっぱいいらっしゃいますが、21世紀にその価値観だと、ひょっとしたら自分で自分の首を絞めることになるかもしれません。

なぜならば、シンギュラリティー・ロボット化社会がいよいよ本格化すると、社会からますます仕事がなくなるからです。

(しかし、「仕事がなくなる事」について心配する必要はないと私は別の投稿で論じました)

これに近いことは実はもう既に起こっているのです。

有人改札の時代に、「巧みに切符をさばく」ことに「生きがい」を感じている人もいたでしょう。

「キャー、鈴木さんってなんでそんなに早く切符さばけるんですか!?」なんて若い女子社員に言われて悦にいる駅員もきっとたくさんいたでしょう。

また銀行では、70年代あたりまでであれば手でお札を数えていました。

「いかに早く正確にお札を数えるか」に「生きがい」を感じていた人もいたでしょう。

しかし、機械化によりそんな必要はなくなってしまいました。

このように、「仕事」というのは所詮社会において必要があるから存在しているだけで、必要がなくなればなくなる運命です。

もしあなたがしている仕事をいとも簡単にロボットがこなしてしまっても、あなたはその仕事に生きがいを感じられるでしょうか?

自分が1時間かけてできることをロボットが1分でできてしまう。

例えば、翻訳家が1時間かけてできることをロボットが1分でできてしまうとしたら翻訳家など不要になりますし、当然それに伴って「翻訳家としての矜持や生きがい」もなくなります。

シンギュラリティーやロボット化は「仕事による生きがい」という価値を根本から奪う可能性があるのです。

その時にアイデンティティークライシスに陥らないように、家族や趣味で生きがいを感じられる人間になっておいた方が賢いように私には思われますね。