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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

別にそんなにがんばらなくても

私はたまに相反するような意見を言う時があります。

それは端的に言うと、自分の中でもアンビバレントな感情があるということです。

「がんばって上に行き社会に認められる」のもそれはそれでいいと思いますけど、「たいして頑張らないで悠々自適な生活をする」のも素晴らしい生き方でしょう。

どうも日本人は「努力すること」や「がんばること」を盲目的に礼賛する傾向がありますが、別に自分が良いのであれば、たいして頑張らないのも1つの生き方です。

これを言ってしまってはオシマイですが、今の日本にいて、「本当に困る事」なんてまずないでしょう。

食べものがない。

着る洋服がない。

体が動かない。

スマホがない。

友達がいない。

こんな人は人口の中でせいぜい1%位でしょう。

結局なんで我々がもがき苦しんでいるかと言えば、それは「他者に勝ちたいから」、「他者からの承認を得たいから」でしょう。

特に東京はその傾向が顕著です。

実は冷静に考えてみたら何も困っていないのに、それでもまだ見ぬ理想郷を追い求めているのが、「東京の困ったちゃん」でしょう。

そして、そういう人間を食い物にするように、商業主義に満ちた頭の良い人間がバカな人間の欲望を刺激するのです。

「あれ? まだ持ち家ないんですか?」
「まだ東京で消耗してるんですか?」
「まだ結婚してないんですか? うちの紹介所ならいい人を紹介しますよ?」

このように「欲望を刺激された大衆がさまよってる街」が東京をはじめとした都会です。

しかし、冷静に考えて、「本当に困っている事」なんて何もないわけですから、もっと自由に生きたほうがいいと思うんですけど、私をはじめ、なかなか他者からの承認をはじめとする俗的欲求からフリーになるのは難しいようですね。

最終的には、バランスでしょう。

バランスの1つのメルクマールですけど、「他者からの承認を追い求めるあまり生きるのが辛い」ようなレベルにいってしまっては「本末転倒」です。

あくまで、「そこまで頑張らないで得られる範囲の『承認』」を求める程度が、ベスポジでしょう。

社会的地位を得るために、有名企業で夜の1時まで働いたり、タワーマンションの家賃を払うために夜の2時まで働いたりするのは「本末転倒」です。

「頑張らないで手に入る」程度を超えた承認は「身分不相応」と諦めるべきです。

「頑張らないで手に入る」程度の承認を得つつ、後は自分の好きなことをするのが一番幸せだと私は思います。

やはり、最後はバランスですね。