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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

ある程度の『結果の平等』は絶対不可避

半分先程の続きですが。

機会の平等か、結果の平等か、という議論は何百年となされていますが、そもそも「機会の平等」なるものは「ありえない」以上、ある程度、所得は再分配するほかないと思います。

まぁ、1億稼いだら税金で6000万円は持っていかれても仕方ないでしょう。

「機会の平等」派の主張は途方もなく浅い人間観に支えられているな、と思います。

「今の社会は機会が不十分だ、だからみんなを等しいスタートラインにつかせたら公正な競争がなされる」と彼らはよく主張します。

しかし、親や家庭環境、生まれ持った能力を完全に等しくすることなどおよそ不可能です。

「機会の平等」などはおよそありえないのです。

ある程度「結果を平等に」近づけるほか、道はないと思います。

実際の世の中がカーストや差別で世知辛いからこそ、せめて最後のセーフティーネットとしてある程度所得を再分配するのが公正な社会だと思います。