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「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

わざわざアピールしているうちはまだまだ

日本の書店には、TOEICやTOEFLの書籍などが花盛りですが、英語のネイティヴスピーカーに向かって「おれ、TOEFL118点っす」(←TOEIC1200点くらいだとお考え下さい)などと語るのがいかに愚かなことかは、ちょっと考えてみればわかるでしょう。

日本人のあなたは「日本語能力試験1級」をお持ちでしょうか?

受けたことすらないでしょう。

ノンネイティヴ向けの語学試験を受けているという事は、「それだけその言語ができない」ということの証左です。

アメリカの大学を出た帰国子女などは、日系企業に就職するために「仕方なく」TOEICを一回受験して、980点くらいとって「はい、おしまい」なわけです。

「英検1級、toeic990点」なんて自慢してるようでは、「いかに自分は英語がたいしてできないか」と自分から言っているようなものです。(英語の先生は例外ですよ、一応仕事ですから)

これは1つの話ですが、ある程度他のことにも当てはまる話です。

Facebookなどにとても自慢とは思えないような投稿を自慢げに載せている人を見ると、「ああ、この人にはこの程度が自慢なんだな」と一人マウンティングをしてしまいます。笑

「非日常」だからこそ「わざわざ」投稿するわけですからね。

「久兵衛」に行ってFBにアップするのは、それが日常ではないからですよ。

久兵衛やロブションが「水や空気」のように日常的なことなら、わざわざアップなんてしませんから。

ホリエモンに会って、Facebookにアップしたりしてるという事は、ホリエモンが「同等の友達」ではない、と告白してるようなものです。

たまに「三田会(稲門会)がさぁ〜🎵」などと母校を高らかに自慢している人がいますが、地方出身&私立文系型受験で何とか「早慶ブランド」をもぎ取ったからでしょう。

「わざわざアピールしているうちはまだまだ」なわけですね。

ところで、最後に壮大なオチですけど。

私も毎日偉そうに人間や社会について論じていますが、これも私の思考のマックスではないにせよ(フル勃起一歩手前位です)、「ちょっと面白いこと思いついたからみんな聞いてよ」という意図で垂れ流しているわけです。

私が思いついた事くらいは「朝飯前」で思いついてしまう天才からしてみたら、私は「インテリぶったピエロ」なわけです。

本当に当たり前のことであれば、わざわざ投稿すらしないわけですから。

「わざわざアピールしているうちは、まだまだ」なわけです。