読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「よく生きる」

自称辣腕経営者が人間や社会について淡々と語ります。代官山と港区海岸のタワマンに住んでいます。京大法学部在学中には有名予備校で講師をしていたので、外国語や教育について特に関心があります。

なぜ人間はこんなに利己的なんだろう

これは極めて哲学的な話なのですが。

私は子供の頃から「なぜ自分はこんなに利己的なのか」ということをずっと考えていました。

ちなみに言っておくと、別に私が世に言う所の自己中人間というわけではなく、もっと深いレベルの話です。

例えば小学校の時も「自分だけ徒競走で1番になりたい」、「自分だけいい点を取りたい」、「みんな持ってないおもちゃが欲しい」とかそういった感覚はなぜ生まれるのか常に考えていました。

どれだけ仲の良い友達と言っても、やはりどこまでいっても「他者」なのです。

どれだけ仲の良い友達に「加藤、1000万円貸してくれよ、事業やるから」と言われても、やはり私はイエスとは言わないでしょう。

悲しいことを言えば、どこまでいっても自分の家族以外は所詮他人なのです。

しかし、これは我々一人ひとりに責任があるというより、ある種の生物としての限界なのです。

例えば我々の身体は、細胞からできています。

しかし一つ一つの細胞に自由意思はなく、基本的に「わたし」という意識の支配下にありますから、原則的に細胞と細胞が喧嘩する事はないのです。(私は生物学の専門家ではないのでひょっとして間違ってたらごめんなさい)

細胞Aが細胞Bを嫉妬する、ということも、細胞Cが細胞Dにマウンティングするという事はないのですが、それは細胞は「わたし」というチームを構成する要素だからです。

細胞同士の「違い」はたいした「違い」ではないのです。

やはり、大きな境界線は「わたし」と「わたし以外」に引かれており、この境界線というのはどこまでいっても埋まる事はない断絶です。

結局我々がそこまで私財を投げ打ってまで人助けに集中できないのは、我々が自己中というよりも我々の「意識のあり方」に問題があるようです。

先程の話ですが、小学校の徒競走でも自分と友達が意識として独立しているわけではなく、感覚が仮にヒュージョンしてくれたら「わたし」と「友達」の存在的な差は原理的になくなりますから、自分だけ得をしたいという感覚はそもそもなくなります。

同じように、友達が困ってる話を飲み屋で聞いてもその3日後にはやはりちょっと忘れています。

それは結局我々の「意識」とその友達の「意識」が別物だからです。

私とその友達の意識が仮にヒュージョンできるとしたら、私は起きているときに常に彼の痛みを肌感覚で感じますが、我々の存在や意識というのはそうはなっていないのです。

結局あらゆる社会問題の根源にあるのは、我々の意識が独立してることにありそうです。

我々がいくら共感の力に満ちている動物だといっても、所詮その共感は持続しないのです。

なぜならば、何かを感じる主体が別のものだからです。

みもふたもないことを言ってしまうと、人間の存在や意識がこのようなものである限り、究極的に社会問題の解決は根源的には不可能です。

本当にみもふたもないことなんですが、ちょっと思ったことです。

早稲田慶応攻略法1(ア)

早稲田慶応攻略法総論

 

この文章は、主に浪人が決まった浪人生やこれから本格的に受験勉強始める高校3年生に向けて書いております。

そして受験生の中でもとりわけ、早稲田大学・慶應義塾大学志望者にターゲットを絞ってお話をしていきたいと思います。

早稲田慶応という私大の雄をいかに突破するか、そしてなぜ早稲田慶応が圧倒的なブランド力を誇っているのか、を余すことなく解説していきたいと思います。

定期購読じゃない方もいらっしゃると思いますから、簡単に自己紹介をしたいと思いますが、私は現在投資関係の経営者で、京都大学法学部在学中には有名予備校の講師をしていました。

自慢めいておりますが、京大オープン、早大プレといった冠模試でも総合でヒトケタ順位にランクインし、偏差値は80を越えていましたので、おそらく私がここで申し上げているお話はそれなりに妥当だと思っております。


この投稿では、受験指導のプロである私が早稲田慶応の魅力や早稲田慶應の攻略法について伝授していきたいと思います。

まず、なぜ受験生は早稲田と慶応を目指すべきなのか、について論じていきたいと思います。(もう志望がかたまっている方に関しては「いまさら」ですが、地元の旧帝大あたりと比較している方に関しては、一読をお勧めします)

圧倒的な知名度とブランド力


早稲田と慶応は言わずと知れた超有名大学です。特に経済界における慶應の強さは群を抜いており、東大よりも強い分野すらあります。

また、これは今皆さんがどこの地域で勉強されているかにもよりますが、地方の旧帝大よりは私は圧倒的に早稲田慶応をお勧めします。


仙台や福岡にいると、東北大学や九州大学が神扱いされますが、東京に来てみるとそのブランド力のなさに気づくでしょう。

もしあなたが一生地元に居ると固く誓っているのであれば、北大や九大のような旧帝大でも悪くないチョイスかもしれませんが、少しでも就職で東京に出る可能性があるのであれば、早稲田慶応の方が圧倒的に将来の選択肢は広がるということは忘れてはいけません。

後述しますが、受験生は受験勉強をやっている当事者ですから「入学難易度」にこだわる傾向がありますが、社会に出たら、細かい入学難易度などはどうでもよく、学歴など最初の印象にしか過ぎません。

逆に言えば、社会に出たら実力さえあれば何とかなるわけですから、入学難易度や偏差値以上に「なんとなく良さそうなイメージがある大学」を選ぶことの方が大切です。

「社会に出たら実力が大切だ」と私も言いましたが、そうは言っても初対面の人間へのハッタリとして学歴は重要です。

これは一見矛盾してるようで全く矛盾していません。

例えば女性も美人である方が圧倒的にモテますが、やはり大切なのは中身です。

かといって圧倒的に顔が美しくない女性が中身だけでモテるはずもないでしょう。

学歴と実力の関係も全く一緒です。

「どちらか」ではなく「どちらも」大切なのです。

こういった現状を考えたときに、早稲田慶応というブランドが、あなたが人生を生きやすくなる手助けになるのは言うまでもありません。

ブランドのわりに易しい入学難易度


どれだけこれまで不勉強だった人も、1年本気で勉強すれば早稲田慶應には手が届きます。(とは言え、「偏差値40から」では無理です。不勉強とは言ってもビリギャルのような最低限の基礎学力は必要です。)

これが国立医学部や東大京大ですと2,3年は集中的に勉強する必要がありますから事実上下克上は困難ですが、早稲田慶応の文系は本当に死ぬ気でやれば1年でなんとか手の届くとこにあるのが最大の魅力です。

ご存知の通り、早稲田慶応の文系学部は原則として英語と国語と社会だけしか入試科目にありません。

例えば東京大学の文系であれば、英語、数学、国語、物理、化学、世界史、日本史と7科目ありますが、早稲田慶應はたった3科目でいいのです。

しかも、文系の人がネックである数学と理科が一切ないのが早稲田慶應の圧倒的な魅力です。(とは言え、本当はあまりバランスが良くないので良い制度とは思いませんけど、、)

選択と集中で3科目に全ての資源を投入すれば、早稲田慶應は手が届くのです。

私が早稲田慶応に魅力を感じるのは、誰でもとまでは言いませんが、潜在的に早稲田慶応の壁を突破できる受験生はかなりいると思うからです。

死ぬ気で努力すれば手が届くのが早稲田慶応なのです。

これが国立医学部、東大、京大あたりですと、やはり先天的にかなり頭が良くないと厳しい面があります。

それか、中学1年生から鬼のように猛勉強するか。

このような条件を満たさないと東大や京大はエントリーラインに立てませんが、早稲田慶應はそれに比べるとかなり敷居は低いと言えます。(とは言え、最低限の国語力だけは必要ですけど)

ブランド力に対してそこまで難易度がべらぼうに高くないという「コストパフォーマンス」の良さが実は早稲田慶応の最大の魅力かもしれません。

次に、早稲田慶應の具体的な突破法ですが、早稲田慶応のどちらを志望するにしても、どの学部を志望するにしても、「私立文系のセオリー」がありまして、基本的に私立文系は英語と社会で8割を目指し、国語や小論文で沈まない程度に点数を取る(6割くらい)のが「鉄則」です。

英語と社会はやればやっただけ点数が伸びますし(社会は当たり前ですが)、努力量が偏差値に比例します。

ですから、圧倒的に力を入れるべき科目です。

ただし英語と社会の位置づけですが、やはり配点を考えると英語が最重要科目で、世界史日本史に関しては、あくまで「英語はかなりできた上での2番目の武器」だと考えた方が良いでしょう。

例えば、慶応法学部は英語が200点、世界史が100点、小論文が100点です。

仮に英語で8割の160点が取れたら、年にもよりますが世界史と小論文は半分ずつで受かります。

早稲田政経は英語が90点、国語が70点、社会科が70点ですが、早稲田政経も慶応ほどではないですが、やはり英語で8割取れれば、国語と社会は6割づつで受かります。

英語ができるというのは私立文系入試で圧倒的なアドバンテージであり、生命線であるとも言えます。

浪人生などで英語の長文読解のセンスがなかったりすると、ひたすら世界史や日本史の用語集の暗記に走りがちなのですが、世界史や日本史はある一定のところからきわめてコストパフォーマンスが悪くなります。

つまり、勉強時間に対して成績が上がらなくなってきます。

早稲田慶応あたりですと、7,8割が1つの壁でしょう。

ここから8,9割を目指すと3割を7割にあげる時間の数倍はかかると思います。

それぐらい極端に効率が落ちるのです。

だからこそ、早い段階で英語の基礎固めをすることが大切です。

高三の夏までに英語はそれなりにメドを立てて、秋以降に社会に集中するというのが大鉄則でしょう。

具体的な英語の学習法

 


では次に、具体的な英語の勉強のお話をしましょう。

早慶のほとんどの学部で圧倒的に重視されているのが長文読解です。

ですからこの投稿では、「どうすれば長文が読めるようになるのか?」を順を追って説明したいと思います。

とは言え、長文以前に大切なのは語彙力です。

 

ですからまず最初に単語の覚え方から伝授したいと思います。

ものすごく極論を言うと、語学力とは単語力であり語彙力です。

確かに単語力があれば長文が読めるとは言えませんが、単語力がなければ長文が読めないというのは普遍の真理です。

そういった意味で単語は究極の必要条件と言えそうです。

早稲田慶応レベルで英語を得点源にしようと思ったら、かなりの語彙力が必要になってきます。

そこで「単語を覚えるぞ!」と躍起になって『ターゲット』といった単語帳を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、あまりオススメできません。

なぜなら、ただ単に単語が羅列してあるだけの単語帳は一見頭に入りやすいようですが、実は究極的に忘れやすいので全くお勧めできません。

それよりもむしろ、文法問題や長文読解の素材で出てきたわからない単語にマーカーを引いて自分なりに整理する方が圧倒的に覚えやすいと思います。

では単語帳に意味はないのかというと、そういうわけではありません。

まずは文法問題や長文の問題集の中で出てきた新しい単語を文脈ごと覚える必要がありますが、それだけでは「記憶の管理」が難しくなります。

ですから、「最後のまとめ」として単語帳を活用すればいいのです。

 

基本的には文法問題や長文読解問題で出てきたわからない単語をどんどん覚えていくのが鉄則で、単語帳は最後のまとめと考えるべきです。

また、単語に関しては語源で覚えることもお勧めです。

「語源」とは漢字でいう部首みたいなものです。

例えば漢字でもサンズイがつけば水に関することだという推測がつきます。

「江」、「湾」、「河」といった漢字は全て水に関するものです。

もし外国人が日本語の漢字を覚えるとして、このように部首を活用したらかなり効率的に漢字を覚えることができるでしょう。

これと同じことが英語の単語にも言えるのです。

例えば、victは「たたく」という意味で、相手を叩くからvictory(勝利)であり、叩かれるからvictim(犠牲者)なのです。

このように語源によって単語を理解すれば、芋づる式に単語を覚えることができるのでかなりオススメです。

しかし、語源で単語を攻略する戦略も完璧ではなく、あくまでも補助的なものだと思ってください。

なぜならば、これはよく言われてることなのですが、すべての単語を語源で攻略することはできません。

語源というのは、言うならば単語の成り立ちの歴史のようなものですから、そもそも記録が残ってなかったり事実が不明だったりと、いい加減なことが多いのです。

大体すべての単語のせいぜい4割ぐらいしか語源で意味を説明できないと言われています。

ですから、語源はあくまで補助的なものだと思ってください。

文法の学習法

 


次に文法です。


英文法と言うと、かたくなに日本人が英語につまずく諸悪の根源のような扱いをされますが、一定以上の年齢に達した大人が英語を学ぼうと思ったら、やはり英文法という「英語のルール」について知る必要があります。

(これらについては「クリティカルピリオド」といった専門的な研究がなされていますから、ご興味がある方は検索してみて下さい。)

我々普通の日本人は確かに日本語の文法について全く知識がないでしょうが、基本的には日本語文法に沿って日本語を話しています。

これについて非常に誤解してる日本人は多いと思います。

言語レベルで文法を理解しているというのと、文法が暗黙知のレベルになってるという違いがあるだけで、ネイティブもノンネイティヴも文法に沿って話してるという意味では、やはり文法は絶対に必須なのです。

まず文法の学び方ですが、やはり基礎の基礎から確実に積み上げていくべきです。

例えば以下のような簡単な本を何度も繰り返して自分のものにすることが大切です。





安河内先生の本はどちらかというと深く理解するというよりは重要な文法事項を基本からわかりやすく解説しているイメージです。

悪く言えば理解より暗記を重視している本です。

関先生の本は、英文法を丸暗記ではなく理解させようというコンセプトで貫かれており非常にわかりやすい本です。

これは私が今まで読んだ英文法の本の中でも圧倒的に完成度が高いですし、関先生の本は他の本もオススメです。

ただ、わかりやすく理解させることに重点を置いているため、もちろんこの本だけで全てを網羅してるわけではありませんので、それは大前提です。(そして、そのことは筆者の方も前提としているはずです)

つぎに、大学受験の英文法を勉強する際に絶対に気をつけなければいけないのは、「読むための英文法」と「文法問題を解くための英文法」を区別することです。


英文法の本には様々な項目が載っていますが、最低限英語を読むために必要な文法事項はそこまで多くありません。

ですから、あまり勉強の初期の段階で細かい文法事項にハマらないようにしてください。

本屋さんの大学受験参考書コーナーには「英文法」と書かれた本が多いですが、あまりにも成績が低かったりよくわかってない方だと、「読むための英文法」と「文法語法問題を解くための文法」の区別がつかないことが多いと思います。

この本なんかは典型的な「文法語法問題を解くための文法」です。




こういった本は偏差値60位に到達するまでまずは封印しましょう。

純粋な文法問題を解くための英文法は究極的には暗記の要素が強く、あまり早い段階からやりすぎると「英語は暗記だ」という間違った先入観を持ちやすく、そして英語がつまらなくなる可能性があるので、ある程度成績が上がるまでそこまで重視するべき問題ではありません。

特に早稲田や慶応などの最難関私立大学を目指す方は、最終的に必要なのは長文読解の能力ですから、チマチマと模試で2,3点点数を上げるために文法問題に集中するのは長い目で見ると全くお勧めできません。

長文読解と違い、文法問題や社会の暗記は成果が目に見えやすいのでどうしても不安な受験生は飛びつきがちですが、私立文系の究極的な合否を分けるポイントは長文読解です。(それと大学によっては自由英作文)

そして長文読解は一朝一夕でできるようにならないからこそなかなか心が折れそうになりますが、だからこそ早い段階から力を入れるべきなのです。

読むための英文法(長文読解を読むための英文法)の話に戻りますが、まずは、五文型(SVの発見)準動詞、関係詞、倒置、並列関係といった基礎の基礎に絞ってください。

究極的に言えば、英文解釈でなぜ構文が把握できないかというと、それはSVOCといった文の要素が把握できないからです。

そしてなぜSVCOが把握できないのかというと、それぞれの要素が離れているからです。


例えば

I love you.

という英文を読み間違えないのは、なぜなのか考えてみましょう。

単語が簡単だから?

それだけではありません。

I が主語、love が動詞、youが目的語というように文の要素が把握されやすいから、この英文は簡単なのです。

では以下の英文はどうでしょうか。



非常に難しいと思います。

これは『ポレポレ英文読解』からの引用ですが、あまり勉強が進んでいない受験生には難しいと思います。

この英文が難しいのはなぜか?

もし単語が難しいというのであればいくらでも辞書を引いて結構です。

おそらくそれでもやはりわからないでしょう。

単語がわかるのに英文が読めないのはなぜなのか?

答えから言うと、こういった難関大学でよく出る英文というのは、SVOCといった文の要素が離れているから文の構造が把握しにくいんです。

この英文も、まず主語と動詞がどこにあるかよくわかりません。

frankがS(主語)ですか?

そう解釈すると、当然 talks が動詞(V)になりますが、そうすると reveal の位置づけがよくわかりません。

動詞と動詞の間には原則として接続詞か関係詞が来ますから、やはりこの解釈は間違ってるようです。

ではどう考えるのかというと、 frank talks を一つの主語としてとらえるわけです。

この場合、talksは動詞ではなく名詞として働いています。

ちなみにもう一つのアプローチとして、そもそも talk を動詞として考えるとbetweenとの流れがよくわかりません。

英文法として絶対にありえないのかどうか断言はできませんが、talk between はやはり普通のつながりではありえないでしょう。

このように、英文を読むためには単語がわかるだけではなくかなり多角的な分析が必要になります。

これが英文解釈であり英語を読むということです。

中学校までの英語は基本的に英文法をそこまで深く理解している必要などありませんでした。

Do you speak English?

Yes, I can speak English.

I will go to Sapporo next month.

この程度の英文は単語さえわかればわかります。

中学までは究極的には単語さえわかれば感覚で英文は理解できたわけですが、高校レベル、とりわけ難関大受験レベルになってくるとそのアプローチの仕方ですと限界があります。

英文解釈に関しては、やはり本で勉強するより黒板を使って授業を聞いた方が圧倒的に分かりやすいと思います。

お勧めの動画として、以下のものがあります。



私も責任を持ってオススメする以上全ての講座を拝聴しましたが、英語の関先生や肘井先生は非常にわかりやすくすばらしい授業をされるので、圧倒的にオススメです。

スタディサプリは科目にもよりますが、英語と社会に関しては圧倒的に質が高いと思います。

ここで英文法の詳細についてこれ以上達いるわけにはいきませんので、詳細はスタディサプリ等の動画に任せます。

また、ある程度力がある人は授業を見るより本で勉強したほうが早いと思いますから、こういった方にお勧めの本は以下の2冊です。





これらの本に関しては、ある程度本を読んでわかる位一度授業を聞いて勉強した人にはオススメです。

ちなみに難易度としては、ポレポレの方がやや難しいですが、関先生の本も特に後半は易しくはありません。

これらの本がスラスラわからないようであれば、「急がば回れ」で圧倒的に動画を見ることをオススメします。

それから一点注意点ですが、これは動画に限らず一般の塾もそうですけど、特に数学や英文解釈のようなある程度分析的なアプローチが必要な科目に関しては、「授業がわかる」ことと「自分で解ける」ことの間にはかなりのギャップがあります。

もちろん生物や日本史なども授業の後に自分で暗記することは必要なのですが、生物や日本史はある程度わかりやすい授業を聞けば大体3割位覚えてるものです。

しかし、英文解釈や数学に関しては、授業を聞いてるだけですとほぼ全く意味がなく、復習の段階で全く書き込みがない状態で自分で分析して答えが出せないとまるで授業を受けた効果がありません。

科目によって微妙に授業の意味や復習の仕方が違うことに留意してください。

長文読解の読み方

 


次に長文読解の方法論について、です。

まず絶対に勘違いして欲しくないのは、長文読解の基礎の基礎は英文解釈や英文法の涵養であり、英文解釈や英文法と別個の分野として長文読解という分野があるわけではありません

例えば生物であれば、遺伝とホルモンは完全に別の分野として同時並行で学ぶことができます。

日本史であれば戦後史と鎌倉時代は、とりあえず別の分野として同時並行で学ぶことができます。

(もちろん本当に厳密にはこういった分野同士も繋がってるわけですが、大学受験レベルではとりあえず関係ないという意味です)

しかし、英語の場合は、英文解釈というセンテンスレベルの正確な理解抜きに高いレベルに到達することは決してなく、まずは英文解釈を完璧にしてから長文読解に進めなければなりません。

ただしこれも程度問題で、英文解釈が100%完璧になり、京都大学の英文読解でも完全に構文が取れるレベルになってから長文読解に進むというのもやり過ぎですので、ある程度感覚ですけど、90パーセント程度英文解釈が万全になれば後は長文読解と英文解釈は同時並行で進めていいと思います。

こういった科目の特殊性を理解しないといけません。

では、英文解釈はそれなりにできているという前提で、長文読解プロパーのお話をしていきましょう。

まず長文読解の基本的なアプローチの仕方ですが、英語の長文読解の読解に関しては、かなりの程度現代文の学習と似通ってくるという事は言っておきたいと思います。

基本的に入試で出る英文、現代文の99%はいわゆる評論文ですが、評論文とは究極的に社会や人間などについて筆者が何かしらの主張をする文章です。

ですから英語にせよ現代文にせよ、評論文の読解の究極的な目的は筆者の主張を汲み取ると言えます。

「結局筆者は何を言いたいのか」

これを考えることが評論文の読解の全てです。

例えば、筆者が「日本の政府はもっと高齢化社会に対する備えを強化するべきだ」と主張したいとしますが、当たり前の話ですけれども、誰もが筆者と同じことを考えてるわけではありません。

こういった場合に、ひょっとしたら筆者と全く違う意見を持っている人を筆者は説き伏せないといけません。

まったく自分と違う意見を持っていてかつ育った環境も受けている教育も全然違う人を説得するためにはあらゆる手段を駆使しないといけません。

そのためには例えば、他の人の意見を引用したり、具体例を出してみたり、様々な手法があるわけですが、そのテクニックを学ぶのが現代文であり英語の長文読解です。

このブログではさすがに実際に問題を使ってそういったテクニックを一つ一つ解説する紙幅はありませんが、「究極的には何かしらの主張を述べるのが評論文であり、その主張とその理由や根拠について把握するのが評論文の読解であり、それは英語であれ現代文であれ基本的なアプローチの仕方は変わらない」という根本の部分だけは絶対に忘れないでください。

こういった長文読解に関してお勧めの本は以下の3冊ですが、このレベルになってくると絶対にこの本でなくてはならないと言った事はなく、似たような本で自分なりに感覚的にしっくり来る本であれば究極的には何でもいいと思います。

そして長文読解に関してひとこと言っておきたいのですが、これは現代文にもはまりますけど、こういった読解の能力というのは一朝一夕に上がるものではありません。

数学で言うところの一次関数的な伸び方をするわけではないのが英語の長文や現代文、古文に言えることです。

私立文系の人には意味不明な表現かもしれませんが、どちらかと言うと長文読解は対数的な伸び方をします。

ですからある程度勉強していてもすぐにどばっと成績が伸びるという事はなく、半年位くじけずに勉強して初めて急に伸びるものです。

この理由ですが、結局英語の長文読解というのは、そもそもからして「総合問題」なんですよね。

例えば文法問題であれば、「関係代名詞だけ」、「仮定法だけ」という虫食い的な勉強ができます。

日本史であれば、室町時代だけひたすら勉強すれば、とりあえず室町時代の問題の点数だけは伸びます。

生物であれば、遺伝だけやれば遺伝の点数だけはとりあえず伸びます。

しかし、英語の長文や数学、現代文といった科目は、究極的にどんな問題も総合問題なので、あらゆる分野の知識が固まって初めて点になるのです。

(この中では唯一数学は、例えば確率のように比較的独立性が強い分野もあればベクトルと「図形と方程式」のように密接に関係する場合もあって、必ずしも総合問題とは言えない問題もありますけど)

ですから、英語の長文読解や現代文は、生物や日本史のように、特定の分野を勉強したからすぐに点数が伸びるという訳ではないのです。

ここが不安な受験生としては困りどころであり、そこですぐに結果が出やすい英文法や古典文法、日本史を世界史の用語集の暗記などについつい走ってしまう遠因なのですが、長文読解の攻略なくして早稲田慶応の攻略は絶対にあり得ません。

模擬試験ではわりと文法問題や知識問題といったくだらない問題がちょこちょこ出てきますから、そういった問題で偏差値を上げることができるのですが、肝心の早稲田慶応の入試では純粋な知識で解けるような問題はかなり少ないので、模擬試験に惑わされるずに最終的な目標である長文読解の克服は怠らないようにしてください。

 

長文問題の解法

ここまでで長文読解のおおざっぱな勉強法については分かったと思います。
 
まずは英文解釈でセンテンスレベルの短い英文を完璧にし、その後に長文読解のフェイズに突入する。
 
そして長文読解の読み方は究極的には現代文の勉強法と何ら変わりがない、というところまでお話をしました。
 
ここまでがある程度完璧にできているという前提で、「長文問題の解き方」について少し解説をしたいと思います。
 
これは現代文・古文・英語といったすべての読解系の科目に共通なお話ですが、基本的に読解系の科目というのは本文がありそれに関連して設問があります。
 
その本文と設問の関係について誤解している人がいますが、基本的に本文が読解できているかを確認するために存在してるのが「設問」なのです。
 
本当に極論を言えば、東京大学の英語の問題や一橋大学の現代文のように「次の長文を200字以内の日本語で要約しなさい」という問題を出せば実はそれ以上聞くことなど本当はありません。
 
古文や小説などはちょっと例外ですが、英語や現代文の評論文に関して言えば、文章を読解する究極的の目的は筆者の主張をつかむことですから、筆者の主張とその根拠がわかれば文章は読めてると言ってかまいません。
 
しかし早稲田や慶応のような受験者数の多い大学で、そういった記述式の要約問題など出せません。
 
ですから、出題者としては「仕方なく」あんなくだらないマーク式の紛らわしい選択肢の問題を出しているわけです。
 
東大や京大のような直球勝負の問題の方が圧倒的に学力を測りやすいわけですが、それができないから「次善の策」で内容一致問題や空欄補充問題を出題しています。
 
ですから、受験生が勉強していく上で心がけなければならないのは、「本文の正確な理解」であり、「設問をうまく解く」などというのは二の次三の次なのです。
 
繰り返しますが、本来問題文が正しく読めていれば必ず設問は解けるようにできています。
 
なぜなら、本文の理解を試すための手段が「設問」で、目的は本文の読解のわけですから。
 
中堅私立大学とかですと、あまり本文の読解と直接関係のない文法問題や発音問題などを長文読解の中で聞いてきたりすることもありますが、早稲田や慶応の様に偏差値が高い私立大学になればなるほど、「本文の理解と関係のないくだらない設問」は相対的にかなり少なくなります。(それでもゼロではないですけど)
 
つまり、何が言いたいのかと言うと、原則として本文を正確に速く読むことができたら、「設問の解き方」などにそこまで悩まされる必要はありません。
 
早稲田や慶応等の長文読解問題でもしあなたが設問の選択肢に引っかかるようであれば、それはただ単に本文の読解が浅いからであって、設問の解き方が間違ってるからではありません。

 

ちなみにこれが現代分ですと少し事情が変わってきます。

 

もちろん現代文も原則として言えば本文と設問の関係は英語と一緒です。

 

「正確に本文が読めていれば設問は必ず解けるようにできている」と基本的には言えます。

 

しかし、現代文の場合は母国語ですからどうしても本文ではなく選択肢で引っ掛ける必要が出てきます。

 

英語は外国語ですから、そもそも本文を読むこと自体が一苦労です。

 

ですから基本的には、本文がかなり正確に読めているのにひっかかってしまう選択肢というのはほぼありません。

 

逆に英語で本文が読めているのにひっかかって選択肢は「悪問」と言っていいでしょう。

 

しかし、現代文の場合は母国語で書かれていますから、やはりどうしても選択肢で引っかけないと正答率が40%位の問題が作れません。

 

ここに英語と現代文の違いがあるように思います。

 

まとめ

以上のようにいろいろ述べてきましたが、英語の長文読解が読めるようになるためのプロセスは

 

単語や文法を固める

           ↓

英文解釈を固める

          ↓

長文読解問題に着手する

 

という順番と流れを絶対に守るようにしてください。

 

繰り返しますが、一文一文のセンテンスレベルの理解がおろそかなのに長文読解だけはうまく解けてしまう、ということはありません。

 

次に国語・世界史・日本史の勉強の仕方についてお話をしようと思いますが、さすがに文字数もかなりのところまで来てしまったので、項をあらためてお話をしたいと思います。

 

「早稲田慶応攻略法2」を検索してみて下さい。

 

よろしくお願いします。

 






































 

人文社会科学のセンスについて

最近ちょっと人と話していて噛み合わないなと思うことがあるのですが、理系センス・文系センスというか発想法の違いというのは確かに存在するような気がします。

Facebookで議論になる様な事というのは、あえて分類するのであれば人間や社会についての文系ネタです。

「よし、この数式みんなで解こうぜ」とは普通なりません。笑

そして文系の議論と理系の議論というのはかなり発想や思考法が違います。

全員が全員とは言いませんが、理系出身の人間には漠然と理系の方が上であるという意識を持っている人が散見されます。

たしかに高校年代までで言えば、平均的に圧倒的に理系の方が文系より能力が高いので、そう思ってしまうのも理解できなくはないのですが、少なくても社会問題についての議論や教育や人生のお話をする限りにおいて、「理系バカ」は非常に有害です。(理系の全員が全員「理系バカ」という事ではありません、念のため)

理系の人間の悪い傾向として、物事をシンプルにしすぎるというところがあります。

まぁ物理学や数学のような理系の学問というのは究極的には法則化・抽象化が目的ですから、そのような発想になってしまうのは当たり前なのですが、そのための単純化により逆に物事の本質が見えなくなる可能性があるのは否定できません。

経済学や法学のような文系の学問の特徴は、一言で言えばアンビバレンスとバランスです。

社会問題というのは、たいがいのケースで「トレードオフ」の関係になっていますから、理系の学問のようにシンプルに考えすぎると逆に問題なのです。

理系の学問は難しいけど簡単なのです。

そして人間や社会について考える文系の学問は、簡単ですが難しいのです。

おそらく文系の学問はIQ的な意味で言ったらたいして頭はいらないと思いますが、理系とは全く別の頭がいるような気がします。

それは人間に対する深い洞察やバランス感覚、全体を見る力といった、少なくても日本の小中高の学習では全く求められない能力です。

よく人間や社会についての議論をしてる時に「論理的」という言葉を使うアホがいますが、理系バカに限らず文系人間もやたらと論理的という言葉を使いたがります。

しかし、数理経済学などの例外はありますが、基本的に法学も政治学も社会学も人間や社会を対象としているわけで、「論理」というレベルではなく「説得的」、「妥当」という域でしかありません。

私はやたらと論理という言葉を使う人間がすごく嫌いですが、人間や社会について考えるときに論理なんてどこまで妥当するんだろう、と考えてしまいます。

そもそも文系と理系で発想が違うわけですから、何でもかんでも論理的に考えればいいということではありません。

言葉を使った説得なんて所詮数式の証明のようにきれいではないわけですから限界はあります。

文系センスと理系センスについて。

果たしてまともな仕事なんてあるのか

私は常々ネガティブなこと言いますが、とりわけ東京の仕事に関してはどうしても悲観的に考えざるをえません。

こないだマルチ商法の手法について投稿しましたが、全く一緒とまでは言いませんけど、東京の第三次産業は究極的には「消費者の不安を煽っていらないものを買わせている」という意味で少なからずマルチやネットワークビジネスと類似していると言えます。

ほとんどの商品は別になくてもいいものなのですが、無理矢理欲望を刺激して買わせよう、というのが先進国のビジネスです。

だいたい「広告」や「営業」なんて究極的にはおかしくないですか?

本当に必要なら消費者からにんじんを買ったりトイレットペーパーを買ったりするわけです。

日常的に本当に必要なものに関してインターネット検索をしたり広告や営業が必要なものなどほとんどありません。

つまり我々が購入しているほとんどのものは本来的に不要なものなのです。

(これに対して予想される反論がありますがそれは省略させていただきます)

化粧品だって婚活だって予備校だって最終的にはみんなを幸せにはできない職種です。

なぜなら、こういった業界は圧倒的に多数の人が相対評価で低いところに甘んじてくれているから成り立っているからです。

運転免許に合格するように誰でも試験に合格するなら予備校の存在意義はありません。

旧帝大医学部、東大京大早稲田慶応レベルをクリアできる受験生は18歳人口の3%程度です。

代ゼミも東進ハイスクールも開成や灘などの進学校の生徒に「タダ券」を配布し、その一方でできない生徒から大量のお金を巻き上げます。

そこで実績を作って遺伝的に劣っている大量の生徒に「君たちもうちの予備校で努力すればワセダ行けるぞ! そしてワセダに行けば人生ウハウハだぞ!いつやるの?今でしょ!」と騙してるわけです。

「君たちのほとんどは不合格になるし早稲田や慶応に行けるのは一部の秀才だけだ。君たちのほとんどはATMだ、お金よろしく!夏期講習もいっぱいとってね!」なんて本当の事は決して言いません。

これが社会というものです。

婚活も化粧品も究極的にそれによって幸せになれる人間は極めて限られてるわけです。

なぜなら婚活をするような人間が望むような結婚(人からの承認を目的とした結婚)で幸せになれる人や化粧品によってきれいになって相対的に得をする人間は同じく5%程度しかないからです。

このように考えていくと、私は農業漁業飲食業、医者、小中の教師、公務員、メーカーといったごくごく限られた人しか「まっとうな商売」をやっていると言えないのではないかと思ってしまいます。

まぁ、これですら細かいツッコミを入れてくと、食品メーカーだって発展途上国の人間を搾取してるからチョコレートを100円で売れるわけですし、飲食店の人も究極的には搾取によって手に入れた安い輸入食材を使って商売をしているわけですし、究極的にまともな商売なんてどこにあるのかと思ってしまいますね。

「仕事で社会貢献できて幸せ」と自分で思い込める人間が私は羨ましくてしょうがないです。

本当の社会の姿を知らずに表面的な現象だけを見ていれば幸せにふけることができるからです。

知らなくても良いことに気づいてしまうというのも不幸なものです。

横文字とアンビバレント

アフィリエイトの胡散臭さの話をしましたけど、横文字というのはかっこよさと胡散臭さの両面がありますよね。

例えば、「散歩が趣味」というより「ウォーキングが趣味」の方がかっこいい。

「客室乗務員」というより「キャビンアテンダント」の方がかっこいい。

「塾経営者」よりは「スクールやってます」の方がかっこいい。

「相談役」よりは「アドバイザー」の方がかっこいい。

「経営助言者」(というかそもそも対応する日本語がありませんが)よりは「経営コンサルタントの方がかっこいい」

このように、同じことを言うならばなんとなくカタカナで言ったほうが印象が良いのは事実です。

しかし、カタカナであるからこそなんとなく軽薄で浅い印象も与えます。

「アフィリエイトやってます」よりは「広告関係の仕事をやっています」のほうが、イメージが良く、「リーガル」より「法務」のほうが堅い印象になります。

「インベストメント」や「ファイナンシャル」よりは投資や金融のほうがまだマシでしょう。

カタカナ語の印象は、プラスにブレる場合とマイナスにブレる場合があり、なかなかアンビバレントというか難しいところです。

ケースバイケースで

いや、時宜にかなった適切な表現を探すべきですね。

TOEICの攻略法(ア)

カトハヤ

1 TOEIC総論


このポストでは、TOEICの点数の上げ方について皆さんにお役にたつ方法を特別に伝授いたします。

私は現在英語とは全く関係のない仕事をしている経営者ですが、

留学経験なしの国内学習のみで英検1級とTOEIC950点を取得しましたし、京都大学法学部在学中には有名予備校で教鞭をとっていた

ので、私の言ってることはそれなりにまともであると信頼していただいて結構です。(最終的に判断するのは皆さんですが。)


ご存知の通り、英語力を図る指標としてTOEICはものすごくポピュラーな試験であり、TOEICを制するものは英語を制すると言っても過言ではないでしょう。

よく「TOEICで点数が取れても話せるとは限らない」と言われますが、そうは言ったところで現実に英語力の指標として用いられている以上それを無視することはできません。

また、

「TOEICで点数が取れても話せるとは限らない」という指摘は半分当たっていますが、「TOEICでまるで点数が取れなければ絶対に英語が話せない」とは言えます。


ちょっと難しい言い方をすれば、TOEICは英語が話せるための十分条件ではないですが必要条件にはなっているのです。

私の肌感覚で言っても、英検準1級やTOEIC800点程度すら取得できないのに英語がベラベラ話せて英字新聞が読めるような人はまずいません。(もちろん英検準1級やTOEIC800点程度で英語ができない人は山ほどいますけど。これが必要条件ということです。)

また、

「TOEIC900点で全然話せない人」は半年ぐらい集中的にトレーニングをすればすぐに話せるようになります。


なぜならば、語学はインプットとアウトプットのバランスが重要ですが、TOEICのようなインプット中心の試験でしっかりと結果が出ている人は、アウトプットに移行した時に必ず結果が出るからです。

東京大学、早稲田大学、慶応大学などのいわゆる一流大学の出身者で確かに英語が話せない人は山ほどいますが、そういった方も半年から1年ぐらい本気でトレーニングをすればすぐに英語が話せるようになります。

これも大学受験で圧倒的に英語をインプットしてるからです。

英文の構文レベルや語彙に関しては、東大京大早稲田慶応の英語の入試問題の方がむしろTOEICよりもずっと難しいので、やはり大学受験の英語でしっかりと基礎を固めている人間は、英会話でもTOEICでも圧倒的に有利です。

「受験英語は無駄」といった意見もありますけど(そもそも私にはどんぶり勘定で「無駄」という意味がよくわからないのですが)、「インプットは最高レベルに達している」という意味で、大学受験の英語の学習が無駄だとは到底思えません。


2 TOEICのスコアとは英語力とTOEIC力の掛け算


TOEICの学習者の中には勘違いしてる方が多々いらっしゃいますが、

TOEICは英語の試験です。(そもそもTOEICはtest of English for international communicationの略です)


TOEICという何か特別の試験があるわけではなく、TOEICは別に皆さんが今まで受けてきた英語の試験(高校の定期テストやセンター試験など)と本質的に何か変わるわけではありません。

もちろんTOEIC向けの対策は不可欠ですが、土台の部分は「普通の英語の勉強」です。

英単語を覚え、英文法をマスターし、そしてたくさんリーディングや長文問題を解き、たくさん英語を聴いてリスニングの力を鍛える。

そこに関して言えば、別にTOEICも英検もセンター試験も勉強するべき事の9割は同じと言えます。

特にTOEICのスコアが600点未満くらいの方に関しては「TOEICの勉強」が足りないのではなく、ただ単に英語の基礎的な能力が欠如している場合がほとんどですから、「急がば回れ」で中高レベルの基礎的な単語や英文法の知識を身に付けることを最優先にしてください。(感覚ですが、800点くらいまでは英語力9割、TOEIC力1割、800点から先は英語力8割、TOEIC力2割くらいでしょうか。)

その際に重要なのは、TOEICというよりむしろ中学や高校の受験参考書です。

またどうしてもそういった参考書に抵抗がある方は濱崎潤之輔先生の以下の本がオススメです。

f:id:katohaya2125:20170311234033p:image

この本はTOEICレベルに絞って中高の英文法の復習ができる本です。

私も一読しましたが、説明そのものも素晴らしいですが、レイアウトやパッと見が非常にとっつきやすいのもおすすめする理由の一つです。

特に勉強が苦手な人にとって、「感覚的に見やすい」というのは非常に大切な要素ですから。


これでもちょっと難しいという人は、関先生の以下の本でもいいかもしれません。

f:id:katohaya2125:20170312000156j:image

この本は中学レベルでつまずいてる人でも読破できる優れものです。

英文法と言えば「丸暗記」と誤解してる人もいますが、この本を読めば、丸暗記するべきことなどほとんどなく、しっかりと英文法を理解して覚えれば圧倒的に英語の学習が進むことが肌感覚でわかると思います。


この本は素晴らしいので、「TOEICじゃないじゃん」などと言わずに一読することをオススメします。

本当に英語ができない方であれば、まず最初に関先生の本を読み、次に濱崎先生の本に進むのがいいかもしれません。

どちらが良いとかではなく、どちらもそれぞれに優れている本です。

それから単語に関してお話をしたいと思います。

単語に関しては、日本の大学受験向けに覚えるべき単語とTOEICによく出る単語の傾向は少し異なりますから、単語に関してはある程度TOEIC向けのものを初期段階から使ったほうがいいでしょう。

ただし、「異なる」と言っても、ベースの部分はほとんど一緒ですから、「違い」をあまり強調しすぎるのも良くないと思っています。

increase,fat,tendency,recommend,insist,deny, influence,depend,mention,argueといった高校初級中級語は当然TOEICでも頻出語であります。(ただ、大学受験の難関レベルや英検一級レベルの単語とTOEICの上級語はかなり差があります。)

単語のオススメ本としては、以下のものが挙げられます。

f:id:katohaya2125:20170311234651j:image

これはTOEICの専門家である著者が、毎回TOEICを受験して本当に出る単語を集めたものです。

最近改定されてさらに中身が洗練されました。

ただ、

単語に関しては、受験生のレベルにもよるのですが、あまり単語帳で覚えるというのはオススメできません


基本的に人間の脳は丸暗記が苦手にできていますし、

TOEICの公式問題集などを勉強してる時に出てきたわからない単語を文書ごと覚えてしまう方が圧倒的に頭に残りやすい

ですから、まずは公式問題集や模試問題集などで英語そのものに触れる中で自然と単語も頭にインプットしてしまうのが理想です。

では単語帳に意味がないのか?

そうではないのです。

公式問題集などである程度文脈で単語を覚えた上で、「最後の整理」に『金のフレーズ』などの単語帳を用いればいいのです。


全然英語が苦手なのに単語帳で前から苦行のように単語を覚えていくという使い方をしてしまっては、完全に本末転倒です。

そもそも高校の定期テストや単語テストのように英単語の意味を直接問われるという事は、英会話でも大学受験でもTOEICでもまずありません。

part7の語彙問題と言われてる問題も、もちろん原則としては下線部の単語の意味を知っておくべきですが、あくまでも「文脈上どういう意味か」を問うてるわけですから、ただ機械的に意味を知っていれば解けるわけではありません。

これはTOEICに限らず試験勉強の鉄則ですが、「試験で必要な知識は試験に出る形で覚えるべし」


が真理です。

私は大学受験時代に圧倒的に大量の長文を読み込み、そこで出てきたわからない単語を一つ一つ覚えていった結果、最後に単語帳で整理するときに『ターゲット』も『速読英単語上級編』も95%は知っている単語でしたし、このやり方で京大模試で総合4位、偏差値は80を超えていました。

単語だけを単語帳で覚えるのはよほど暗記力に自信がある人以外はやめたほうがいいと思います。(ただ、これも指導者によっていろいろな人がいて、単語帳で覚えていくことも絶対にダメだとも私は思いませんけど。あまりおすすめじゃないだけで。究極的には個人の相性かな、と思います)

ここから先はTOEIC対策のお話ですが、基本的に「普通に英語ができれば」TOEICで900点は切りませんし、TOEIC業界がやや「技巧的」になっていることについて非常に危惧を持っています。

「こういったタイプの問題が出る」といった勉強法が全く無駄とは言いませんが、あくまでもそういった勉強は「勉強の幹」ではありません。

これは大学受験の受験生も勘違いしてることかもしれませんが、英語にせよ数学にせよ、「問題形式」や「問題傾向」はあくまで「表層」であり、より根本的な部分は各科目の本質的な理解です。(「では本質的な理解とは何か?」とつっこまれるかもしれませんが、それについて書こうとするともはや本が2冊は書けるので、ここでは詳述することはできませんが、また機会があれば書きたいと思います)

数学などが典型ですが、多くの受験生は問題を表面的に見て判断をしようとしますが、これがそもそもの間違いです。

その問題の背後にある根本原理に気づかないといけません。

「こういうタイプの問題が出る」という勉強法は医学で例えると「対症療法」であり、根本的な治療ではありません。

上でも申し上げましたが、私はTOEICの専門家ではありませんし、現職の英語の先生でもないですから、正直TOEICの最新傾向等について偉そうに論じる資格はないのですが、それでもなぜ少しばかり偉そうにTOEICについて語ることができるかというと、結局

「TOEIC対策の9割は普通の英語の学習」

だからです。

私は普通に英語を学習して英検1級を取りましたし、TOEFLでも110点近く取れました。

私は正直、公式問題集を一通りやった位でTOEICの最新傾向など全く知りませんが、それでも満点近いスコアが取れるわけですから、やはり勉強の方向性としては間違っていないと思います。

まずは圧倒的な英語力を身に付けるのが大前提です。


しかし、そうは言っても直前期に20点でも30点でもスコアはあげたい受験生の気持ちも分かります。

特に英語力という以前に、転職や昇進などで「スコア」という形がどうしても必要な人もいるでしょう。

最近では身近なところで、大学の進級にTOEICのスコアが用いられる大学もあるそうです。

そういった状況において、「TOEIC600点が進級条件」だとしたら、595点ではアウトなわけで、そういったギリギリのとこで勝負してる方に「いや、スコアじゃなくて英語力を」などと言っても戯言なのは私もわかっています。

例えば大学受験でも、国立医学部志望等でひたすらセンター模試を解きまくって何とかセンター試験の点数を上げている受験生がいますが、これも付け焼き刃のTOEIC対策と同じで、「実力養成という観点では意味がない」のですが、しかし、どうしても医者になるためのプロセスとしてセンター試験の点数が必要である以上、「そんな勉強無駄だよ」などと教師が言う資格はありません。

TOEICも全く一緒でしょう。

ですから大切なのは、状況にもよりますが、

「TOEICは英語力とTOEIC力の掛け算である」


という当たり前のことを理解することです。

どちらか片方に偏っていては片手落ちです。
 
そしてTOEICプロパーの対策に関しては私は何も語るところがないので、あくまでもお勧めの勉強法を紹介するに留めますが、やはりTOEICをたくさん受験して毎回満点を取っているような先生をお勧めします。

キムデギュン先生、花田徹也先生、相澤俊幸先生、神崎正哉先生、濱崎潤之輔先生、ヒロ前田先生といった先生が有名ですよね。(ただし、私もこういった先生が有名であることぐらいは知っていますが、個々人がどういった特徴を持っているかといった、本当にマニアックなTOEICの各論的な話は分かりませんから、そこは皆さんの判断に任せますが)

3 英文法の学び方


次にもう少し各論的のお話をしていきましょう。

英文法の学び方についてです。

英文法と言うと、とかく日本人が英語につまずく元凶かのように悪玉扱いされますが、一定以上の年齢に達した人間が英語を学ぼうと思ったら、やはり英文法という「英語のルール」について知る必要があります。

これらについては「クリティカルピリオド」といった専門的な研究がなされていますから、ご興味がある方は検索してみて下さい。

(ただ、TOEIC対策という意味ではあまり有益ではないと思いますけど)

我々普通の日本人は確かに日本語の文法について全く知識がないでしょうが、基本的には日本語文法に沿って日本語を話しています。

これについて非常に誤解してる日本人は多いと思います。

言語レベルで文法を理解しているというのと、文法が暗黙知のレベルになってるという違いがあるだけで、ネイティブもノンネイティヴも文法に沿って話してるという意味では、やはり文法は絶対に必須なのです。


ただし、言語というのは「先に文法があってそれに沿って話している」のではなく、あくまでみんなが喋っている法則をある種公式のように整理したのが文法ですから、超上級者向けには「英文法は完全ではない」と間違いなく言えるのですが、それはTOEIC対策云々というレベルをはるかに超えますから、ここではこれ以上深入りしません。(と言いながらちょっとおまけの話ですが、先に文法があるわけではなくみんなが話してる言葉を法則化したのが文法なわけですが、文法がない状態でみんなてんでバラバラに喋っていたらそもそも法則化などできないわけですから、「卵が先か鶏が先か」の「循環構造」になっていて冷静に考えてみるとよくわからないんですけどね。ルソーやチョムスキーなど興味がある人は読んでみて下さい。全くTOEICに関係のない話をしてしまいましたが。笑)

話を元に戻しますが、とにかくネイティブもノンネイティヴにも文法が重要であることは皆さんも分かったと思います。

ネイティブとノンネイティヴの「文法の身に付け方のプロセス」が違うだけで、どちらも根本では文法が必要であるというお話はわかったでしょう。(前者は理屈ではなくトライ&エラーで、後者は理屈で理解してるというだけです)

そして具体的な英文法の身に付け方ですが、やはり

大切なのは「理解すること」と「丸暗記すること」をしっかり区別するということ

です。

これはあらゆる勉強に当てはまる話ですが、勉強には思考や理解と暗記のどちらも必要不可欠で、どちらかだけを強調した方法論は絶対に間違いです。

なぜか世間には「歴史を理解する」、「数学は暗記だ」といった言説が根強いですが、それはおそらく「歴史は暗記するもの」、「数学は考えるもの」といった前提があるからです。

要は「アンチテーゼ」、「逆張り」として「歴史を理解する」や、「数学は暗記だ」と言っているわけですが、私から言わせると、理解と暗記は車の両輪です。

「数学は考えるもの」と言っても「y=4X3乗を微分せよ」というレベルでいくら考えても全く時間の無駄です。

こういった最低限の公式や「定石」に関しては理解しつつ覚えるほかありません。

逆に、英文法や歴史、生物のようにある程度「暗記物」と言われてる分野ですら、背景や因果関係を理解したほうが圧倒的に覚えやすいですから、理解は絶対に不可欠です。

ここを「二者択一」的に考える必要は全くありませんし、無駄に議論を矮小化させているとしか思えません。

ちょっと話が飛躍しましたが、大切なのは英文法に関しても理解する分野と暗記する分野に関してはしっかりと線を引くべきです。

例えば、五文型、時制、仮定法、準動詞といった分野は正確に理解をするべきです。

しかし、例えば助動詞の熟語的な部分や比較などではもちろん理解できる部分は理解するべきですが、どうしても丸暗記せざるを得ないことも出てくると思います。

そこに関してはツベコベ言わずに暗記するべきです。

この点、一般的に有名では無いですが、田上先生のこの本は英文法を深く理解するという意味で非常にお勧めです。

f:id:katohaya2125:20170312012230j:image

この先生が良いところは、「辞書に他動詞と書いてあるものが他動詞です」という一見ふざけたようで実は本質的な解説をしている点です。

この本では随所に「他の本ではこの文法事項を理解させようと意味不明な説明をしていますが、ここは理解することなど不可能です。しっかりと覚えましょう」というフレーズが出てきます。

やはりある程度の暗記は語学に不可欠ですから、私は間違っていないと思います。

三流の高校の教員のように「ここは暗記してください」を連発する教師も論外ですが、だからといって無理をして理解させるのもやはりバランスが悪すぎます。

やはり

大切なのは理解と暗記のバランス

でしょう。

それからTOEICに関して言うと

一見文法が必要なパートはpart5だけのように見えるかもしれませんが、リスニング・リーディングを問わず、英文法は英語学習の要


です。

直接的に文法知識が問われていないように見えるpart7やリスニングですら、その根底にあるのは英文法の知識です。

というか、もはや「知識」というレベルではなく暗黙知(言語化されない感覚、みたいな意味合いです。cf カール・ポランニー)のレベルで文法が体に染み込んでいないとリスニングやリーディングの長文問題では全く時間不足になります。

ただし、誤解していただきたくないのは、最終的には暗黙知のレベルで文法が体に染み込む必要がありますが、そのためにはまず頭で理解する必要がありますから、「段階」は正確に把握するべきでしょう。

例えば数学にしても、中学レベルの「マイナスとマイナスをかけたらプラスになる」といったルールも微分やベクトルの基本的なルールも、まず最初で頭で理解する必要がありますが、それが自動化してくると今度はそれが感覚に変わります。

まさかセンター試験を受けている最中に「マイナスとマイナスをかけたらからプラスになる」というルールを言語的に意識している人は一人もいないでしょう。

しかし、中学校1年生で初めてこのルールを習った時はかなり意識して練習を重ねたはずです。

中学1年生以降、3万回くらい「マイナスとマイナスをかけたらプラスになる」計算をこなしているから「知識が自動化」されるのです。

これが体に染み込むプロセスです。

幼少期から外国にいない限り、外国語の文法が自然と体に染み込むことなどありません。

まずは頭で理解した上でそれが反復に反復を重ねた結果体に染み込んでくるだけです。

そのプロセスや因果関係を誤解しないことが大切です。

次に英文法を理解する上で大切な視点をお教えしましょう。

実は英文法には「読んだり聞いたりするための英文法」と「書いたり話したりするために必要な英文法」の2種類があります。(この2つは当然ベン図を書けばかなりの程度重なるわけですが、完全に一致するわけではありません)

当たり前ですが、前者の方が範囲が狭く、後者の方が圧倒的に範囲が広くなります。

日本語でも「読める漢字」と「書ける漢字」の範囲には差があるわけです。

範疇、薔薇、憂鬱といった漢字を書ける人はなかなかいないでしょうが、皆さんのほとんどの方は読めるのではないでしょうか?

それと似たようなものです。

単語に関しても、TOEICや私大入試では原則としてライティングはないわけですから、意味さえわかればいいわけです。
勉強で大切なのは「本当に大切なこと」にまずは学習対象を絞ることです。


「発音できたほうがいいじゃないか」、「スペルもかけたほうがいいじゃないか」、「語法も知ってたほうがいいんじゃないか」というのは「コストパフォーマンス」を無視した議論です。

「できたほうがいい」ことと「できなきゃだめ」なことは全然違います。


ですから、

英語の初心者に関しては、「最初の一歩としては」単語の「意味だけ」覚えたり、「読んだり聞いたりするための英文法」に集中する必要があります。


具体例を挙げますが、冠詞や前置詞は「とりあえず英語を読む(聴く)」という意味ではあまり気を使うべきところではありませんが、自分から英語を発信する際(話したり書いたりする)には非常に大切な文法事項です。

それから、動詞の後に不定詞が来るか動名詞が来るか、なども英語を読んだり聞いたりする際に特に重要ではありません。(cf mindの後にはingが来る、とか。別に見たら mind ingだろうが。mind to do だろうが意味の解釈には影響がないので。)

『ロイヤル英文法』などの英文法書を読んでいると英文法の世界はとてつもなく広い海のように感じますが、初級中級者がまずマスターするべき英文法事項はそこまで多くありません。

まず初級中級者がマスターするべきは、以下の文法事項のみで結構です。
五文型
時制
準動詞
関係詞
助動詞
比較


まずはこれだけに絞って徹底的に繰り返す必要があります。

逆に比較的後回しにして良いのは

仮定法
形容詞・副詞のマニアックな話(ex 叙述用法か否かとか)
助動詞や比較に出てくるイディオム

です。

これとちょっと関連する話ですが、よく英文法の世界では「英文法・語法」という用語が使われていますが、文法と語法は原理的には区別するべきです。(英語学の専門家に言わせるとこれらの区別は困難のようですが)

文法はジェネラルなルールですが、語法は極めて各論的です。


「この動詞の後には不定詞が来るか動名詞が来るか」
「historicとhistoricalの違い」
「manyは名詞を説明する(限定用法のみ)が、SVCのCにはならない、逆にawakeやaliveはCにしかならない(叙述用法のみ)」

etc

こういった極めて各論的な、悪く言えば重箱の隅をつつくような事項が語法ですから、初級者中級者に関してはまずは文法を重視するべきで、語法は原則後回しにするべきなのです。

原則的には文法と理解が、語法と暗記が対応しています。(もちろん例外もありますが)


そしてもう一つ英文法の学び方のコツですが、

あまり英文法書を読んで英文法の勉強をしようと思わないこと


です。

これは単語の所でも申し上げましたけども、基本的に試験対策の勉強というのは「試験に出る形」で知識をインプットするべきです。

例えば、高校生が世界史や日本史を勉強するにしても、国立大学の入試のために勉強するのと私立大学の入試のために勉強するのでは、勉強方法がかなり違ってきます。

それは最終的にアウトプットする形が違うからです。

普段の勉強から最終的にどのような形で知識をアウトプットするのかを意識しないといけません。


国公立大学向けに日本史を勉強するのであれば、国立大学の二次試験は問題が論述形式でしかも推論問題ですから、かなり正確に歴史の流れや因果関係を理解する必要がありますし、その私立大学のような細かい知識はいりません。

しかし、私立大学向けに世界史と日本史を勉強するのであれば、国立大学の最難関レベルの深い理解は不要で、暗記に必要な程度に流れを理解していれば十分です。

むしろその分細かい知識をひたすら覚える必要があります。

このように

同じ科目の勉強でも最終的なアウトプット(試験で求められるもの)により普段からの学習はかなり異なります。


話をTOEICに戻しますが、TOEICはどういった試験でしょうか?

・リスニングとリーディングだけ
・全問マークシート
・時間制限が割と厳しい

こういった特徴があるわけですから、ここから逆算して普段の英文法の勉強も行わないといけません。

これらの特徴から明らかなのは、まずTOEICではとりあえず書いたり話したりする必要はないということです。

そしてあまり難しい文法事項は問われていないという特徴もあります。

最後に、あまり難しくないものも圧倒的にスピードを上げてテキパキ解く必要があります。

文法を勉強する際も、こういったゴールから逆算する必要があると私は思っています。

つまり、

英文法書を読むのではなく、TOEICの問題を解きながら、わからないことがあれば『ロイヤル英文法』などの辞書的な本に立ち返るということです。


「さっき英文法の本を勧めていたじゃないか」と反論されそうですが、少し説明させてください。

全く英語ができない人が、いきなりTOEICの公式問題集が分かるはずがありません。

ですから、まったくの初心者・中級者がいきなりTOEICの公式問題集や模試問題集等に手をつけるのは不可能ですから、「とりあえず」文法の本を2,3回読む必要はあります。

ただ、おそらく2.3回読んだだけでは理解到達度としておそらく40%くらいだと思います。

では

その40%を90%レベルにもっていくのにどうしたら良いかというと、それは文法の本を読むのではなく問題を解くことなのです


TOEICの公式問題集等を解きながら文法の知識を高めていけばいいわけで、文法書を読むのが最良の方法ではないということです。

一般的に、どんな参考書でも実際の試験に必要な知識を遥かにオーバーしているのが実情です。

ですから、文法書の通読というのは全く無意味ではないですが、「対費用効果」という意味ではあまり効率が良くありません。

むしろ試験に実際に出題された知識を文法書で確認するような勉強法がベストかと思われます。


いくつか文法を学ぶ上で注意すべき点を列挙しましたが、とにかく英語学習において英文法はまずマスターズすべき壁です。

くじけそうになるかもしれませんが頑張って繰り返してマスターしてください。

そもそも外国語の学習は辛いもの


ここで「くじける」ということに関して一言お話をしたいのですが、そもそも外国語の習得というのは厳しいものです。

言語はその国の文化や価値観の反映である、とよく言われますが、英語であればイギリスやアメリカといった国の歴史や文化、価値観を反映しています。

つまり

外国語の学習というのは、大げさに言えば自分の国とは違う国の人間の思考様式や価値観を学ぶという事ですから、そんなに簡単なはずがありません。


英語学で「母語の干渉」というタームがありますが、われわれはどこまでいっても日本語の自爆から完全にフリーになる事はありません。

われわれは、好むと好まざるとによらず、日本語の発想でどうしても英語を話したり書いたりしてしまいます。

外国語の習得とは、日本語の呪縛からいくばくかフリーになる事であり、それは言葉で言うほど簡単なことではなく、辛いのは当たり前です。


ですからもしTOEICを学習していて辛いのであれば、「外国語の習得とは辛いもの、辛いからこそ価値がある」と発想の転換をすることが大切です。

TOEICの勉強をしていて辛いと思ったら、「なぜ自分は今そもそもTOEICの勉強をしてるのだろうか」と自問自答することです。

当たり前ですが皆さんも何かしら必要があってTOEICの勉強をしているのでしょうが、結局学習の意欲はモチベーションの強さに完全に比例しています。

もし皆さんがTOEICの勉強に本気になれないとしたら、それはそもそものモチベーションが低いからです。


みもふたもないですが、別に私はそういった形は無理してTOEICの勉強なんてしなくたっていいと思っています。

ちょっとTOEICの話とはズレるかもしれませんが、そもそも人生は有限です。

有限の人生で、果たして自分はTOEICや英語に時間を使う必要があるのか?
これは再度問うべきでしょう。


「できないよりできたほうがいい」のは当たり前ですが、外国語の習得にはとてつもない労力がいるわけですから、かけた時間に対して意味がある営みなのか、は考えるべきです。

TOEICに関して様々なアドバイスをしてきましたが、またこの続きについていくつかお話をしたいと思います。

今日はこれぐらいにしましょう。

みなさま、拙文を読んでいただいてありがとうございました。





















わかりやすいものを求める浅はかさを自覚した上でカースト話をしなさい

半分昨日の続きですが、私を含め人間とは浅はかなもので、極めて表面的な情報で他人を判断します。

「鈴木さんは三菱何とか勤務」
「佐藤さんの所は年収1000万円」
「山本さんの所は長男が慶応で次男が早稲田」
etc

「鈴木さんのご長男は本当に優しくていつも老人ホームで歌を歌ってくれるんですよ」といった定量的じゃない話に関しては、判断がしにくいし女親も自慢ができないので、皆さんあまり興味がないのです。

浅はかなことです。

まぁ私も社会的な研究の一環としてこのようなやらしい話をしてるわけですが、感覚としては「他人の(特に初対面の)定量化できない面に関してはわからないなぁ。だから申し訳ないけど仕方なく定量的な(わかりやすい)面で判断させてもらいますね」という思考回路なわけで、「1周して戻ってきてる」わけですが、ほとんどの人は「1周していない」=相対化できていないわけです。

年収や学歴、社会的地位が高いと、それだけで「人間として優れている」かのような評価をされるわけです。

いい意味で拡大解釈をされるわけです。

まあ私も無意識のレベルでは「鈴木さんは国会議員か、すごいなぁ」、「山本はハーバードか、すごいなぁ」みたいな感覚を持ってしまうこともなくはないので、別に上から批判してる訳ではないのですが、冷静に考えてみるとやはり「要素の場合分け」が必要な気がします。

社会的な諸価値について冷静に場合分けをすることが正しい思考への一歩のような気がします。

別に年収やステータスの話とかしたっていいんですよ。

ただ、「人間の価値や能力は極めて多面的であるけど、その一部を切り取って話をしてるだけ。別にそれらは本来的には人間の能力の一部にしか過ぎないが、現代社会がその能力をたまたま評価してるから過大評価されてるだけ。しかもそれも所詮遺伝だし。」という相対化をした上でそういったトークをしないと「俗物まみれのピエロ」ですね。